学校なんか行く意味あるの?「数学」や「古文」なんて社会出ても使わんやろ(笑)
うん、実際に一部の人しか使わんw・。・w
一時期話題になりましたよね、「不登校小学生youtuberゆた○ん」って子。
「学校なんて行かなくていい」と、「学校へは行くべき」とで賛否両論の意見が飛び交ってますよね?
そういう疑問を踏まえて、学校へ行くべきなのかどうかについて考えていきたいと思います。
学校へ行く理由
学業に励める。
「学校へ行けるだけでも、世界中の人々からしたらだいぶ恵まれていること」です。このことから、学校へ行くべきと思う人が多いのではないのでしょうか?
学校に通うことで将来の夢(研究者・パイロット等)を叶えるために必要となる基礎知識を学ぶことができる。
今の学校は、ただの進学機関及び就活支援機関に成り下がった感じも否めませんが、純粋に学問を学びたいから行っている人も少なからずいます。
(余談ですが、今の学校は企業が使いやすい(上司に口答えしない、命令をしっかりと遂行する)兵士を育ててる感じで好きにはなれませんがね・・・。)
人間関係を学べる。
学校へ通うと嫌でも人間関係が発生します。毎日のように同じ教室で授業を受け、同じ教室でご飯を食べ、同じ時間に登下校する。
この間に、人としての最低限のコミュニケーションを養っていけると思います。
実際は、いじめ問題に直面したりその被害者or加害者になったりしてる人もいます。(ちなみに、私は小学校のときにはいじめられてました・。;)
それを実際に目の当たりにできるのはある意味(?)いい経験なのでしょうかね?(社会の闇ですよ、加害者のやつらが社会に出て改心()して、いい人そうに振る舞ってるのとか悪くはないです。でも、個人的には癪に障るw)
社交性を学べる。
そもそも、「社交性」とは
1.人とつきあうことの好きな、また、じょうずな性質。「社交性
に富む」「社交性に欠ける」出典:小学館(デジタル大辞泉)
2.個人が集まって社会をつくろうとする人間の特性。
小学校とか中学校の授業に「道徳」というものがありましたよね?
人が集団で行動するための秩序となるものが「道徳(モラル)」です。人間としての道徳がしっかりとしていなければ、今頃日本は世紀末ヒャッハー状態になってます。
「敬語」がその一例です。(「丁寧語」・「尊敬語」・「謙譲語」といった複数の敬語が存在するのは日本ぐらいらしいですね。一応、他の外国語にも敬語はあります。)
しっかりとした敬語を使えとまではいいませんが、仲も良くない他人に対していきなりタメ口で聞いてくる人いますよね?(芸能人とかだとそれが愛嬌で許されてますが・・・w)
個人的には別に構わないのですが、一般的な社会人からしたら絶対NGですw
会社で勤めるような人が敬語(せめて、丁寧語)すら使えないとなると対談とかの雰囲気が悪くなるルートまっしぐらでしょう。
学校へ行かない理由
同一性を大事にする。(出る杭は打たれる)
日本の学校の場合、如実なのですが「他より目立たない」ようにすることを高校生までの間は強制されます。
最近話題になってますよね?
「髪の毛の色」・「制服」・「制服のスカートの長さ」・「髪型」など、学校が勝手に決めたルールに従わない生徒をすべて否定する。(地毛問題はまじでキ○ガイレベルですが、汚い言葉失礼w)
個人的には別に勉強ができたら、そんなのどうでもいいと思いますがね。てか、大学入って髪の毛染めてスーパーサイヤ人みたいなやつのほうが、ずっと黒髪で最前列で授業受けて質問したりしてる陰キャガリ勉の私よりも飛び抜けて賢いですし・・・w(それじゃダメじゃん、でもまじで賢い・。;)
日本の大学は、人の「本質」ではなく「見た目・規律」に重視していて、時代錯誤感が否めないのは事実だと私は思いますね。(別に、それが悪いとも思わないけど。)
学校へ行かなくても、学びを提供する場所はいっぱいある。
はっきりいって、学校なんて行かなくてもいいレベルで日本は教育施設が整っております。
自分語りになりますが、私自身も小学校は学習塾(N学園とH学園)で小学2年生にして小学生6年間分の教育を網羅してました。中学・高校だと学習塾(鉄○会)というところに通っていて、中学2年の時に高校の内容に入り、高校1年生前期で高校の内容をすべて終えました。
こういうのも考えて、学校なんて通う必要なんてないんじゃね?って、私も思ってしまったのは事実です。
大学で学ぶような知識(学部レベル)もグーグル先生に聞いたら、しっかりと教えてくれます。(しかし、まだ間違ってる知識が蔓延ってるところもあるので注意)
この情報化社会において、アナログな教育システムはどうなっていくのか?今後に期待です。
学校へ行くよりもやりたいことがある。
フリーランス・youtuberといった、学生起業家タイプの人はこの理由が多いかな?
先程述べたような、「学校へ行く理由」の要素をどれ一つ必要と思わなくなった人達です。(というか、なくても生きていける(食っていける)可能性を持っている。)
学校へ行っても100%食っていけるわけではないです、そこで自分でビジネスを作り上げて生きたいと思ってる人は学歴を捨てるという選択をしています。(ex.堀江貴文・本田宗一郎等)
まとめ
結論を言わせてもらえば、ワタシ的には「学校に行きたきゃ行けばいいし、行きたくなければ行かなきゃいい。他人の価値観を押し付けるのではなく、その子(人)の価値観を納得させて変えないと意味がない。」です。
他人の意見は他人の意見、大事なのは自分の意見です。(それがあってるか、間違ってるかはおいといてですが。あと、人様に迷惑をかけない範囲でね・。・b)
今の日本は、自己責任の世界です。やろうと思えば、再就学もできますし。(与沢翼さんみたいに、高認とって早稲田いってる化物みたいな人もいるし。)
それで失敗しようが成功しようが、あくまで事例に過ぎずこれと言った正解なんて存在しなくて当たり前です。
その人が選んだ結果の人生を楽しんでいたらそれこそ正解だと思いますけどね。
行きたくなきゃ、やめればいい。もちろん、それ相応のリスクもあるけどね・。・b